■専門機関が否定

 800人を収容できる大ホールが、満員の聴衆で熱気に満ちていた。

 7月4日、名古屋市で開かれたのは「新型コロナと遺伝子ワクチン」と題した講演会だった。参加者には地元だけではなく、首都圏や近畿、九州から駆けつけた人も多かった。

 マスク姿の人はほとんどいない会場で、登壇した医師や地方議員らが熱弁をふるった。

 「PCR検査はインチキ。世界にコロナの存在を証明するものはない」


 「ワクチンを打つと遺伝子が改変される」

 講演で出た話は、米疾病対策センター(CDC)など世界の公的専門機関が否定する誤った情報だ。それでも発言のたびに大きな拍手が起きた。

 幼稚園で働く20代の女性は「ネットでワクチンの情報を調べたが、いろんな情報が飛び交っていて何が本当なのか分からず、悩んでいた」と、参加した理由を語った。

 女性は今も接種をためらう。「医師の先生の話を聞いたので不安が消えない」

■4000のいいね

 接種を巡って誤った情報が広がるのは、ごく一部の医師らの発信が影響している。講演会で最も注目されたのが、兵庫県内で内科・精神科クリニックを運営する男性医師だった。

 投稿サイトで情報を頻繁に発信しており、フォロワー(登録者)は1万5000人以上。最近は投稿するたびに、見た人がツイッターやフェイスブックで引用して拡散しており、この医師が「インフルエンサー」になっている状況だ。

 投稿内容を調べると、情報源にしているのは真偽不明の海外サイトやSNSが多かった。「接種者が周囲に病気をまき散らす」などと投稿しているが、これもCDCなどの公的機関が否定している情報だ。

 しかし不安をあおる情報は、副反応などを心配する人の関心を集め、それが医師免許を持つ人の発言なら信用もされやすい。

 この医師が7月、過去の投稿内容などを基に評論家らと出版した著書は、通販サイト「アマゾン」の書籍売れ筋ランキングでは部門別で1位になっている。

 医師は、国に接種事業の中止を求める訴訟も起こした。発信や活動の意図は何なのか。8月、読売新聞の取材に対し「ワクチンは有効ではないという説もあるのに、主張が全然聞き入れられていない」と強調した。

 最近の医師の投稿には、サイト運営会社が「公的機関の見解と反する」との注意書きを表示するようになった。不確かな情報の拡散を防ぐためだ。

 だがその後も、読者が投稿に付ける「いいね」は4000を超えている。

■多額の収入

 米英を拠点とするNPOの調査によると、米国などのSNS上で拡散した「反ワクチン」の投稿の65%は、医師や起業家など12人のインフルエンサーが発信源だったという。

 コロナに関する高額セミナーやサプリメント販売で多額の収入を得ている人もおり、このNPOは「それぞれが協力し、売り上げを伸ばしている」と指摘する。

 <テレビ、インターネットで教えてくれない真実を知っていますか?>

 東京でクリニックを経営する歯科医師が、起業家と共同で運営する会員制オンラインサロンの勧誘文句だ。ユーチューブで「本当は怖いワクチン」などと題して話をする動画を無料で配信し、「有料会員登録」を促している。

 会員は詳しい解説動画を視聴できるが、関係者によると、内容は「打つと不妊になる」などの誤情報や「ワクチンは支配層が世界の人を奴隷化するためのものだ」といった荒唐無稽な主張だという。

 歯科医師は取材に対し、秘書を通じ「応じられない」とメールで回答した。

 会費は月2980円で、会員数は3900人以上。歯科医師側の収入は、単純計算で月1000万円を超えることになる。

https://news.yahoo.co.jp/articles/9f3df0ee7f6821d26adc0f9e55463474254790a3?page=1