>>94の続き

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シナでの革命が危険なものに思われはじめた時、
満洲朝廷は満洲へ隠棲する可能性を見過ごしていたわけではない。
それどころか、この問題は真剣に議論されたのであり、
シナと満洲の多数の帝国主義者は、これこそ追求すべき最も賢明な方策だと主張したのである。
ところが最終的に摂政と多くの親王が北京に残留することを決断したのは、
袁世凱が優待条件の中で彼らのために確保した条項を、彼らが、愚かにも、
そしておめでたくも、すばらしいと信じたからである。

完訳 紫禁城の黄昏(上) 祥伝社R・F・ジョンストン 中山 理(訳) 渡部昇一(監修)
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この時に大清の満州族が父祖の地である満州に帰っていたら、
中華民国とは別の国、大清(国名はそのままかどうか分からない)が
満州の地で続いていた事になる。
しかし最終的に満州に還らず北京に留まったのは、袁世凱から提案された優待条件、
すなわち清帝退位協定を中華民国政府と結んだからである。
これは一体どういう協定か?