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【軍事】たった1両で精強ドイツ軍を足止めし続けた異形の重戦車KV-2の伝説
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0001猪木いっぱい ★
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2019/12/22(日) 20:25:32.15ID:qkFqb5lC9
怖い音だけでなく、威嚇するような武器を見ると、兵士が凍りついたり、正常な判断力を失ったりする可能性があります。

典型的な例は重戦車です。1941年6月にドイツ国防軍がソビエト連邦に侵入したとき、兵士は諜報機関のいい加減な仕事のために、敵が新世代のKV重戦車(Kliment Voroshilov元帥にちなんで名付けられた)を持っているとは思わなかった

標準のKV-1には大砲口径76.2ミリメートルが与えられ、これはフィールドの強化と装甲には十分でしたが、耐久性のある装甲厚には十分ではありませんでした。したがって、152ミリメートルの榴弾砲を備えたKV-2には、垂直で厚い装甲を備えた巨大な箱型タワーが必要でした。

1941年6月24日にリトアニアのラセーニアイ市での反撃の際に最初にKVを展開しました。
ドイツ軍の対戦車兵たちは、未知の鋼鉄モンスターが転がり込んだのを見て驚いた。
KVが200メートル以内に近づくと、砲手は発砲しました。しかしKVはまったくの無傷、ドイツ軍はなすすべなくソビエトの異形マシンに蹴散らされました。

ラセーニアイでの有名なエピソードもあり、1両のKV-2が第6装甲師団の前進を終日足止めするという伝説が完成します。

このKV-2はドライブトレインを損傷し動くことができなかったという事実にもかかわらずです。ドイツ軍は威厳のあるマシンに近づくことを恐れていましたが、最終的には4両の対戦車砲PaK 38口径50ミリの小隊で行動を開始しました。
これは、このカテゴリーの第三帝国の最も近代的な武器でしたが、KVの装甲を貫通するには貧弱でした。最終的に88 mmの巨大な対空砲を使いましたが、KV-2を除去するには7回の直撃が必要でした。
当時、対戦車砲手がKVを破壊したい場合、20メートル以内の自殺的至近距離に近づく必要がありました。

怖い獣の外観

戦争の後半でも同様の伝説がありました。ドイツの重戦車PzKpfw VI ティーガー1、重量57トンの優れた大砲KwK 36口径88 mmを装備した正方形のモンスターです。ティーガーは1942年秋に戦場に現れ、すぐに恐ろしい武器になりました。厚さ100 mmの前面装甲はほとんど防弾のように見え、十分な訓練を受けた乗組員は、敵戦車がティーガーを破壊できない距離から1ショットで敵戦車を破壊することができました。

アメリカの中戦車M4シャーマンは100 m以内からのみ貫通させることができ、前部装甲はそのすぐ近くからも貫通しませんでしたが、ティーガーは3,500 mでシャーマンの側面装甲をブチ抜き、1,800 mで前面装甲を突破しました。 2,500 mの距離にあるKwK 36の反応時間は4秒未満でした。ティーガーからの発砲煙が見えたら4秒以内に回避しないと死にます。

これらのパラメーターの組み合わせにより、ティーガーは出会いたくない戦車ランキングトップに引き上げられました。
ティーガーに遭遇するリスクにビビりこき、連合軍の戦車兵は眠ることができず、「恐怖のティーガー」として知られる忍び寄る恐怖心は部隊全体に拡がりました。
これは前例のない割合に達し、多くの乗組員は、潜望鏡に登場する敵戦車がティーガーであることを恐れました。
この妄想に、ティーガー1とミドルパンツァーIV(ドイツで最も普及しているいわゆる4号戦車)の後期バージョンとの類似性が寄与しました。見間違いによりパニックを起こすのです。

ドイツ軍は少数のティーガーしか生産できませんでしたが、イギリス、アメリカ、ソビエトの兵士はあらゆる地域でティーガーとの遭遇を報告した事がわかっています。

また、ソ連軍の何百人もの戦車乗りは、T-34がティーガーを破壊したことを誇らしげに報告しました。
これらの報告を合算すると、ドイツ軍はクルスクで展開したよりも多くのティーガーを失ったことになります。ソ連軍の兵士は嘘をついたわけではありません。一般的な混乱、ストレスの中で、彼らは単にドイツの重戦車をノックアウトしたと信じていました。

google翻訳一部割愛
https://www.idnes.cz/technet/vojenstvi/kv-1-kv-2-tank.A191217_135745_vojenstvi_kuz
貴重な当時の画像スライドショー
https://www.idnes.cz/technet/vojenstvi/kv-1-kv-2-tank.A191217_135745_vojenstvi_kuz/foto
参考画像
http://combat1.sakura.ne.jp/KV-2.jpg
http://combat1.sakura.ne.jp/6GOUE.jpg
0002名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:27:11.36ID:aebwp0Rk0
イランのアホに言いたいのはおめーんとこじゃ絶対にいい商品はつくれねー。
0003名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:30:09.26ID:VfNt/30m0
\ 
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ヽ、   _ノ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           `'ー '´
            ○
             O 

と             _,,  ---一 ー- ,,,_
思  、  _,,,, _,, -.'"           ` 、
う  ミ三ミ三ミ三ミミ                ヽ_,
北  -==三ミ彡三ミミ     ,,=-==     ==、 iミ=-、_
朝 _,,ンミミ三ミ三ミミ]  -彡-一 ー-、 r一 ーミ、|ミミ三ミ=-'
鮮 _, -==彡ミ彡ミミミ|  ン| ,=て)> (|ー| ,て)>、 ||三ミ彡==-'
人  ,彡彡三ミ三ミミiレ'~ .|. '     |  ヽ   `  |ミ三彡三=-
猪 (_彡三ミ彡ミミミ'   ヽ、    ノ   \__ノiミ彡ミ三=ー
木 ー-=二三ンーミミミ     `ー /(_r-、r-_)   .|彡ミ三=-、
★ )(_ミ彡ミ| i' ヽヽミ       | : : : __ : :__: :i   .|彡ミ三=-、
で と彡ミ彡ミヽヽ<ヽミミ      |: ン=-ニ-ヽ、   .|彡ミ三==-
あ  彡ミ彡ミミヽ  ) `    、 .' <=ェェェェェン |    |彡ン=-=
っ -==彡三ミi `ーヽ : : : : : :i: :  `ー--一''  : : ノミ三==''
た '' 一ニ三ミ彡三ミ`i : : : : : :ヽ: : : .      .:, :/ミ三=-、
。   '' 三ミ=三三ミ|ヾ、: : : : :ヽ: : : : : : : : :_ノ:./三=-'
   -=='' ̄ .        : ̄ ̄ ̄    彡 ` 
0007名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:31:06.42ID:z9RHxd5A0
月に行く技術があるのに
未だ乗用車すら作れんロスケは謎
0011名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:31:49.90ID:UO1YGKg40
虎仕留めると報奨金、共産党入党への推薦やら出たから
どいつもこいつも出世目的でホラ吹いたせいで、
仕留めた数計算してみたら、虎の生産台数余裕で
超えてました、ってのは有名過ぎる話だろ。
0012名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:31:55.72ID:aebwp0Rk0
シャリアのスクリーニングとかえらいアメリカ寄りやな。
0013名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:33:45.13ID:vVacgr2E0
近接戦の脆さが分かってたからベルリンにはほとんど突入してないやん
0014名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:34:53.45ID:Wx7yHWRA0
>>1
そうは書いてないようだが?またデマチョンカー?

The giant machine scared the soldiers. A single tank managed to stop the Nazis for the whole day

December 22, 2019

One Soviet tank KV-2 was enough and the entire German tank division got stuck. The Nazis were afraid to approach the giant machine, even if it was seriously damaged. However, the army of Nazi Germany soon gained its scary tank.

Not only the scary sound we wrote about in the previous episode, but also the look at the menacing-looking weapon could turn soldiers into salt pillars or turn into headless flight.

Heavy tanks were a typical example. When the Wehrmacht invaded the Soviet Union in June 1941,
the soldiers did not suspect that the enemy had a new generation of heavy KV tanks (named in honor of Marshal Kliment Voroshilov) because of the repulsed work of the intelligence service.

Standard KV-1 was given a cannon caliber 76.2 millimeters, which was enough for field fortifications and armor, but for durable bunkers not.
Therefore, the KV-2 with a 152-millimeter howitzer, whose installation required a huge box tower with perpendicular walls and thick armor.

The Germans were first deployed KV on June 24, 1941 during a counterattack at the Lithuanian city of Raseiniai. The anti-tank artillers stared in amazement as unknown steel monsters rolled at them.
When the HF approached 200 meters, the gunners opened fire. However, they experienced another shock, as the grenades reflected harmlessly, so the Soviet machines quickly broke down the enemy group.

It was at Raseiniai that there was also a famous episode in which the lone KV-2 managed to stop the 6th Panzer Division's advance for the day.
And despite the fact that he had a damaged drive train and could not move. The attackers were afraid to approach the majestic machine, but eventually went into action, a platoon of four anti-tank guns PaK 38 caliber 50 millimeters.

It was the most modern weapon of the Third Reich of this category, but the armor-piercing cartridges of the giant's hull just clinked.
Russian tankers with several shots destroyed the artillery, and the form ended the attempt to attack the colossus 88 mm anti-aircraft gun.
Eventually succeeded to the operator of the second osmaosmdesátky, although to eliminate KV-2 needed seven direct hits.
0017名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:36:07.96ID:2oIWhyb40
あれ?履帯吹っ飛ばされて動けないとこを敵戦車数台に囲まれたけど逆に全部撃破して履帯直して帰っていった戦車の話なかったっけ?
0020名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:37:05.14ID:a8Sa/+Ht0
>>11
虎にビビりすぎて4号戦車の改装品を虎と報告した例もあるとか
まぁ出会っちゃったらほぼ命懸けたワンサイドゲーム食らう相手とか恐怖の対象になるのも納得ではある
0022名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:43:31.01ID:zmKDpfCU0
ユンボの免許取りに行った時
座学講師が履帯のことを
ずっと「ふくたい」と読んでいた
履歴書知らねえのかよと
0023名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:44:39.73ID:GepI2q/Z0
1枚の女性の写真を「美しくしてください」と世界各国の人に修整してもらったらどんな差が出るのか?(画像)
http://5ch.cikande.com/mnewsplus/1576999297
0024名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:45:49.91ID:7YEV3TSA0
映画版で退却する時に壁になった奴か
0027名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:48:01.78ID:UO1YGKg40
鹵獲パンターの話の方がシャレにならんと思うけどな。
性能が良いので優秀な戦車兵に与えたら
同士討ちがあまりにもひどくて、誰も乗りたがらなかった。
誤射した奴にしてみれば、パンターに発砲許したら
ほぼ確実な必殺の一撃飛んでくるからなw
0028名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:48:11.76ID:9tyGZm+K0
最強の戦車かなんか知らんが、
どうせ上空からの航空機には激弱なんやろ
0029名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:48:30.64ID:BpNiHcgh0
愛がある!
愛がある!

愛があるアッパーカット!
0032名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:49:32.19ID:Tkp5C55S0
4号とティーガーって見間違うのか?
4号H型なんてすごい差があると思うけど
ドイツの中型戦車ってシュルツェンとかつけてるし
0033名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:49:40.81ID:7Y3UAjua0
>>27
7.5cm砲のくせにタイガーの8.8cmと同レベルの威力があったらしいな。
確かフランスは戦後にパンターのコピー品を使ってなかった?
0036名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:50:39.35ID:T3RJXtyr0
これのどこがニュースなの?
0037名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:50:47.33ID:TkCRjBa30
>>1
そうは書いてないようだが?またデマチョンカー?

The giant machine scared the soldiers. A single tank managed to stop the Nazis for the whole day

December 22, 2019

One Soviet tank KV-2 was enough and the entire German tank division got stuck. The Nazis were afraid to approach the giant machine, even if it was seriously damaged. However, the army of Nazi Germany soon gained its scary tank.

Not only the scary sound we wrote about in the previous episode, but also the look at the menacing-looking weapon could turn soldiers into salt pillars or turn into headless flight.

Heavy tanks were a typical example. When the Wehrmacht invaded the Soviet Union in June 1941,
the soldiers did not suspect that the enemy had a new generation of heavy KV tanks (named in honor of Marshal Kliment Voroshilov) because of the repulsed work of the intelligence service.

Standard KV-1 was given a cannon caliber 76.2 millimeters, which was enough for field fortifications and armor, but for durable bunkers not.
Therefore, the KV-2 with a 152-millimeter howitzer, whose installation required a huge box tower with perpendicular walls and thick armor.

The Germans were first deployed KV on June 24, 1941 during a counterattack at the Lithuanian city of Raseiniai. The anti-tank artillers stared in amazement as unknown steel monsters rolled at them.
When the HF approached 200 meters, the gunners opened fire. However, they experienced another shock, as the grenades reflected harmlessly, so the Soviet machines quickly broke down the enemy group.

It was at Raseiniai that there was also a famous episode in which the lone KV-2 managed to stop the 6th Panzer Division's advance for the day.
And despite the fact that he had a damaged drive train and could not move. The attackers were afraid to approach the majestic machine, but eventually went into action, a platoon of four anti-tank guns PaK 38 caliber 50 millimeters.

It was the most modern weapon of the Third Reich of this category, but the armor-piercing cartridges of the giant's hull just clinked.
Russian tankers with several shots destroyed the artillery, and the form ended the attempt to attack the colossus 88 mm anti-aircraft gun.
Eventually succeeded to the operator of the second osmaosmdesátky, although to eliminate KV-2 needed seven direct hits.

災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
0039名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:52:16.92ID:BzZyMI//0
ティーガーも装甲厚いのは砲塔の防楯部だけだからな
敵に浸透される様な戦局になると単なる大きな的になって、1944年には兵器としての価値無しと判断されて生き残ったのもスクラップになってんだけどね
0040名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:52:29.00ID:TtPDAKzK0
がるぱんスレでやれ
0043名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:53:03.13ID:SF77KQVU0
ttp://armchairgeneral.com/rkkaww2//galleries/ruscaptured/KV-2/kv_2_00.jpg
ttp://armchairgeneral.com/rkkaww2//galleries/ruscaptured/KV-2/kv_2_10.jpg
0046名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 20:53:37.91ID:fdG4n2wH0
>>1
そうは書いてないようだが?またデマチョンカー?

The giant machine scared the soldiers. A single tank managed to stop the Nazis for the whole day

December 22, 2019

One Soviet tank KV-2 was enough and the entire German tank division got stuck. The Nazis were afraid to approach the giant machine, even if it was seriously damaged. However, the army of Nazi Germany soon gained its scary tank.

Not only the scary sound we wrote about in the previous episode, but also the look at the menacing-looking weapon could turn soldiers into salt pillars or turn into headless flight.

Heavy tanks were a typical example. When the Wehrmacht invaded the Soviet Union in June 1941,
the soldiers did not suspect that the enemy had a new generation of heavy KV tanks (named in honor of Marshal Kliment Voroshilov) because of the repulsed work of the intelligence service.

Standard KV-1 was given a cannon caliber 76.2 millimeters, which was enough for field fortifications and armor, but for durable bunkers not.
Therefore, the KV-2 with a 152-millimeter howitzer, whose installation required a huge box tower with perpendicular walls and thick armor.

The Germans were first deployed KV on June 24, 1941 during a counterattack at the Lithuanian city of Raseiniai. The anti-tank artillers stared in amazement as unknown steel monsters rolled at them.
When the HF approached 200 meters, the gunners opened fire. However, they experienced another shock, as the grenades reflected harmlessly, so the Soviet machines quickly broke down the enemy group.

It was at Raseiniai that there was also a famous episode in which the lone KV-2 managed to stop the 6th Panzer Division's advance for the day.
And despite the fact that he had a damaged drive train and could not move. The attackers were afraid to approach the majestic machine, but eventually went into action, a platoon of four anti-tank guns PaK 38 caliber 50 millimeters.

It was the most modern weapon of the Third Reich of this category, but the armor-piercing cartridges of the giant's hull just clinked.
Russian tankers with several shots destroyed the artillery, and the form ended the attempt to attack the colossus 88 mm anti-aircraft gun.
Eventually succeeded to the operator of the second osmaosmdesátky, although to eliminate KV-2 needed seven direct hits.

災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
0049名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:58:59.98ID:rui2ji6M0
>>1

お前んとこはこれなー( ´,_ゝ`)プッ

http://www.newsis.com/view?id=NISX20191220_0000866677

중국, 17일 첫 자국산 항공모함 산둥함 실전 배치
산둥함, 랴오닝함에 이은 2번째 항모…추가 건조
미국이 핵추진 항모 11척 보유, 영국도 2척 보유
우리 군, 8월 국방중기계획서 경항모 건조 발표
2021년 사업타당성 조사 거쳐 2033년 건조 완료
"우리는 항공모함 전혀 필요 없다"는 전문가 주장도
박창권 "수상·수중·공중 작전 통합 수행 능력 보유"
0050名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:59:01.47ID:MvnBEgm80
生産数1300両で一台当たり10両撃破できても連合軍は
さらに数万両が健在だもんな 
0051名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:59:18.92ID:rui2ji6M0
>>1

お前んとこはこれなー( ´,_ゝ`)プッwww

http://www.newsis.com/view?id=NISX20191220_0000866677

중국, 17일 첫 자국산 항공모함 산둥함 실전 배치
산둥함, 랴오닝함에 이은 2번째 항모…추가 건조
미국이 핵추진 항모 11척 보유, 영국도 2척 보유
우리 군, 8월 국방중기계획서 경항모 건조 발표
2021년 사업타당성 조사 거쳐 2033년 건조 완료
"우리는 항공모함 전혀 필요 없다"는 전문가 주장도
박창권 "수상·수중·공중 작전 통합 수행 능력 보유"
0052名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 20:59:40.78ID:6doryCsO0
この砲塔で弾を沢山に積めるとは思えない
0055名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:05:32.28ID:JEIQ4S9Z0
最近、ロシアが製作した第ニ次大戦ものの映画がよく作られていて
ソ連軍の戦車は結構残っているんだってね。
実車輛を使いながら戦闘シーンではCGになったりしてなんかやり過ぎ。
0056名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:05:46.93ID:rbQNTXz60
>>33
戦後のフランスが使っていたのはドイツから接収したパンターで、
パンターの戦車砲だけ国産軽戦車の主砲用に縮小コピーした。
0057名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:06:46.66ID:Q32GznyI0
>>1

お前んとこはこれなー( ´,_ゝ`)プッwwww

http://www.newsis.com/view?id=NISX20191220_0000866677

중국, 17일 첫 자국산 항공모함 산둥함 실전 배치
산둥함, 랴오닝함에 이은 2번째 항모…추가 건조
미국이 핵추진 항모 11척 보유, 영국도 2척 보유
우리 군, 8월 국방중기계획서 경항모 건조 발표
2021년 사업타당성 조사 거쳐 2033년 건조 완료
"우리는 항공모함 전혀 필요 없다"는 전문가 주장도
박창권 "수상·수중·공중 작전 통합 수행 능력 보유"
0061名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:09:01.61ID:8oRBa6zm0
>>6
4台では勝てませんが
0062名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:09:38.88ID:7OrPvfYn0
>>61>>1

お前んとこはこれなー( ´,_ゝ`)プッwwww

http://www.newsis.com/view?id=NISX20191220_0000866677

중국, 17일 첫 자국산 항공모함 산둥함 실전 배치
산둥함, 랴오닝함에 이은 2번째 항모…추가 건조
미국이 핵추진 항모 11척 보유, 영국도 2척 보유
우리 군, 8월 국방중기계획서 경항모 건조 발표
2021년 사업타당성 조사 거쳐 2033년 건조 완료
"우리는 항공모함 전혀 필요 없다"는 전문가 주장도
박창권 "수상·수중·공중 작전 통합 수행 능력 보유"
0066名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:11:29.07ID:gCVXrM7k0
街道上の化物
でも砲塔が重すぎて 斜面だと砲塔旋回出来ないのは秘密だ!
同士スターリン!
0067名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:11:44.66ID:aebwp0Rk0
戦車を開発したのはフランスなんだよ。
ドイツが成功したのは足回りによる機動力だったんだけどここでも旧貴族が
暗躍してんのさ。

クズだから。
0069名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:13:04.98ID:dy4DIgr60
>>1
551 名前:ねとうの親分 ◆EHOuHk6daA Mail: 投稿日:2019/06/09(日) 21:25:50.87 ID:fFEpQUUV0
>>544
デマは良くない
目標「デマは朝日新聞以下」
0070名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:13:14.88ID:dy4DIgr60
>>67
>>1
551 名前:ねとうの親分 ◆EHOuHk6daA Mail: 投稿日:2019/06/09(日) 21:25:50.87 ID:fFEpQUUV0
>>544
デマは良くない
目標「デマは朝日新聞以下」
0072名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:13:52.51ID:VcGQN+TH0
>>7
君たちジャップよりははるかに進んでいた。君たちジャップはここでも無知をさらすwww
モスクヴィッチ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%81
1947年から2002年に破産するまで存続した旧ソ連・ロシアの自動車メーカーである。同国の代表的な小型ファミリーカーとして知られた。「モスクヴィッチ」とは「モスクワっ子」という意味である。
丈夫で比較的手頃な価格の乗用車として広く用いられ、西欧・東欧諸国にも広く輸出され、1966-90年にはブルガリアでノックダウン生産、1960年代には少数が日本にも輸入販売された程であったが、
0074名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:14:28.82ID:8oRBa6zm0
「満タンで100キロも走らん
愛国心があるのか、この大喰らい!!」
0077名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:15:12.11ID:Um9fR8Oc0
>>55
T-34とかIS-3は現役のところもあるからな
0078名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:15:31.95ID:VcGQN+TH0
これだけで日本の自動車製造能力合計のすべてを上回っていると思うが。
日本は戦前はこれを超えてないだろwww

モスクヴィッチ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%81
概要
1929年に創業した年産24,000台規模の「モスクワ自動車工場」は、
https://en.wikipedia.org/wiki/Moskvitch
History
In 1929 the construction of Moscow Automotive Plant began with initial production of 24,000 vehicles.
0080名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:16:44.77ID:aebwp0Rk0
>歩兵支援戦闘。
>騎兵隊補完。
>スターリングラード。
0082名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:17:10.98ID:VRTFLcUe0
>>1
パンジャンドラムの方がつえーし!
0084名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:17:20.19ID:f2COO/We0
>>75
単砲塔の今の戦車の原型って意味かなあ
0086名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:17:34.42ID:tc24vu0c0
>>61>>1

お前んとこはこれなー( ´,_ゝ`)プッwwwww

http://www.newsis.com/view?id=NISX20191220_0000866677

중국, 17일 첫 자국산 항공모함 산둥함 실전 배치
산둥함, 랴오닝함에 이은 2번째 항모…추가 건조
미국이 핵추진 항모 11척 보유, 영국도 2척 보유
우리 군, 8월 국방중기계획서 경항모 건조 발표
2021년 사업타당성 조사 거쳐 2033년 건조 완료
"우리는 항공모함 전혀 필요 없다"는 전문가 주장도
박창권 "수상·수중·공중 작전 통합 수행 능력 보유"
0089名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:18:41.51ID:Gs6xz4qA0
>>85
私の個人的な意見ですが…
高射砲で戦車を撃つのは卑怯ですな
0090名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:18:41.54ID:aebwp0Rk0
>砲塔戦車。
0092名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:19:52.62ID:XkNXQqK/0
アルファードに砲身を付けよう
ついでにミサイルとしてプリウスを射出する
0093名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:20:43.03ID:jxWTu1FG0
>>44
T-34は最近まで使われてたから伝説化するにはも少し年月が必要なんだろな
0094名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:20:49.72ID:ce0xJLEn0
>>32
そのシュルツェンのせいで四角さが増してティーガーよりになる
0095名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:21:06.83ID:VcGQN+TH0
ソビエトは、F1ではトヨタwwwよりは上だろwww

Moskvitch G5
https://en.wikipedia.org/wiki/Moskvitch_G5
The Moskvitch G5 was a Soviet Formula One car from Moskvitch released in 1968.
It was connected with a Soviet program of international Formula One racing, but was used only in Soviet edition of Formula One.
Despite popular belief, the G5 as such was not meant to race in international Formula One racing.

Moskvitch G4
https://en.wikipedia.org/wiki/Moskvitch_G4
0097名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:21:53.27ID:EAVVhNP/0
>>1
今さら古い情報

https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0098名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:22:14.85ID:rbQNTXz60
>>67
つイギリス

>>91
イギリス軍捕虜
0099名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:22:45.59ID:EAVVhNP/0
>>1
今さら古い情報

https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0100名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:22:58.27ID:8oRBa6zm0
>>91
やはり自営業者さんの漫画のセリフだったような
0101名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:23:10.98ID:DVo+lJ3B0
戦車好きさん、ハイパワーレイザーでYouTube検索して欲しい
0102名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:23:29.70ID:EAVVhNP/0
>>1
今さら古い情報
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0103名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:23:52.56ID:VcGQN+TH0
地球上でB-29(人類最大のレシプロエンジン)を作れたのは、米国とソ連だけだぞwww
技術も工業力も、日本よりソ連は上だろ。
0104名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:23:56.64ID:ByN/uERm0
>>92
何故かバルカン砲装備のプリウスの動画が大量にようつべにあるんだよな
0105名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:24:15.42ID:cSsiA2v70
>>1

お前んとこはこれなー( ´,_ゝ`)プッwwwww

http://www.newsis.com/view?id=NISX20191220_0000866677

중국, 17일 첫 자국산 항공모함 산둥함 실전 배치
산둥함, 랴오닝함에 이은 2번째 항모…추가 건조
미국이 핵추진 항모 11척 보유, 영국도 2척 보유
우리 군, 8월 국방중기계획서 경항모 건조 발표
2021년 사업타당성 조사 거쳐 2033년 건조 완료
"우리는 항공모함 전혀 필요 없다"는 전문가 주장도
박창권 "수상·수중·공중 작전 통합 수행 능력 보유"
0106名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:24:24.02ID:h3d6/6PI0
プレステで洗車シミュレーターあったな。パンツァーフロントとかいうの。
0107巫山戯為奴 ◆TYUDOUPoWE
垢版 |
2019/12/22(日) 21:25:49.83ID:1OS9WLkq0
やわらか頭でちょろい。
0109名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:32:02.85ID:ce0xJLEn0
>>106
ドリームキャスト版が最高だったよ
0111名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:33:13.74ID:p5SVyliB0
>>1
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0112名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:34:17.59ID:2j3rGYuo0
こいつはタイガーつかっても手ごわいばけものだからな
0113名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:35:01.27ID:egojxVG50
やらせわせん!やらせわ!
0114名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:35:49.50ID:jMuo19jI0
>>1 
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0115名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:36:02.72ID:jMuo19jI0
>>1  
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0116名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:36:48.73ID:jMuo19jI0
>>1   
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0117名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:37:02.35ID:3Xetbz0N0
超重戦車マウスより強いの ?
0118名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:38:25.37ID:jMuo19jI0
>>1    
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0119名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:39:21.57ID:BQJHdTd30
チハの国民に何も言う資格なし
下向いてうつむいていろ、道の端を歩け、陽の高い間は外に出てくるな
0120名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:40:14.38ID:jMuo19jI0
>>1     
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0121名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:41:03.87ID:Jd1OIZf30
一両しかいないんだったらビシバシ砲撃当てりゃ中の人脳みそ割れて死ぬだろ
装甲撃ちぬけなくても中の人間はただじゃすまない
0123名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:42:10.04ID:owLw7T6a0
>>91
エル・アラメインの戦いで捕虜になったイギリス兵とドイツ兵の間で交わされたと言われてる会話
イギリス兵「高射砲で戦車を撃つとは卑怯ですな」
ドイツ兵「いやいやこっちの戦車や対戦車砲で倒せない戦車を持ってくるほうが卑怯ですよ」
0125名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:42:33.16ID:644aUGap0
>>123>>1     
今さら古い情報 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0129名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:48:27.74ID:EUv3VraZ0
>>119
でもあんたらのところなんて他の国から恵んでもらってたのしかなかったじゃんw
0131名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:50:08.07ID:VC0O4M3E0
>>1      
今さら古い情報 

https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0136名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:53:45.18ID:8ItH9f5U0
>>28
猛威をふるったT34は朝鮮戦争でも
使われたが、
航空機からナパーム弾を浴びせると
いとも簡単に破壊できることが判明
0137名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 21:54:24.36ID:FypucYaD0
>>136>>1      
今さら古い情報 

https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0140名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 21:55:50.63ID:wPyYb3/i0
>>1
今さら古い情報

https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。

概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0142名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:03:26.85ID:y8dOyfFA0
何が発狂のきっかけになるのか、ミリオタのツボはわからんな
0143名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:03:31.60ID:ioSZl0ru0
いや、装甲貫通しなくても着弾したら中の隊員死傷しないか?
0144名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:04:33.44ID:02h44l7x0
>>142-144

案件来てるぞ

36 名無しさん@1周年 sage 2019/12/22(日) 21:59:43.13 ID:J98XAB3l0
最新情報でもニュースでもないスレとかここでやる必要ないよね
進展があったならニュースだけどさ、昔の情報の焼き直しって要らないよね
0145名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:05:23.60ID:jkQPLCZ00
>>1
今さら古い情報

https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
 
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0147名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:06:21.60ID:owLw7T6a0
>>142
日本軍と独軍オタはキチガイが多いからなぁ
0148名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:07:43.32ID:p5fG2JjS0
>>103
ソ連のは不時着したB29の丸パクリ
しかもまともに動けなかったがw
日本が早々と実用化していたインテグラルタンクすら造れなかったソ連w
0149名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:07:43.69ID:8V2PtYsl0
>>147

案件来てるぞ

36 名無しさん@1周年 sage 2019/12/22(日) 21:59:43.13 ID:J98XAB3l0
最新情報でもニュースでもないスレとかここでやる必要ないよね
進展があったならニュースだけどさ、昔の情報の焼き直しって要らないよね
0150名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:07:56.32ID:8V2PtYsl0
>>148

案件来てるぞ

36 名無しさん@1周年 sage 2019/12/22(日) 21:59:43.13 ID:J98XAB3l0
最新情報でもニュースでもないスレとかここでやる必要ないよね
進展があったならニュースだけどさ、昔の情報の焼き直しって要らないよね
0151名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:08:57.56ID:qIkDHYfU0
>>1
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか
 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
 
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0153名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:09:24.65ID:nVqRuVyg0
>>143
状況による。沖縄戦でM4シャーマンが日本軍の発射したタ弾に砲塔背面を貫通された
が乗員は全員無事だった。
0154名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:09:32.01ID:m+i7GwG+0
何でこんなんスレ立ってんの?
0155名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 22:09:48.41ID:PJmSR0F/0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか
 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
 
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0156名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:10:02.83ID:PJmSR0F/0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
 
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0157名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:10:17.53ID:PJmSR0F/0
>>1  
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
 
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0160名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:12:55.03ID:dCH1VWJT0
たった一人でグック猿を殺し続けた兄の国日本の伝説
0161名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 22:13:33.22ID:p5fG2JjS0
>>28
終戦直前の満州の戦いで15キロ爆弾を多数搭載した99式双発軽爆撃機に
多くのソ連戦車が撃破されてる
0162名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:15:51.82ID:ywyMQJfp0
>>158-161
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
 
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0164名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:18:16.06ID:flofk5/X0
そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。
0167名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:19:14.94ID:VmKpcOq60
>>1
ハゲスレだけ立ててろ
0168名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 22:19:36.77ID:B2FT0EvN0
>>1
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
 
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
  
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0169名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:20:09.00ID:B2FT0EvN0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 


災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?

https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

     
0170名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:21:58.83ID:dC840ePh0
大量生産出来ない時点で終わってるわ
ドイツの戦車もだけど
0171名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:22:27.96ID:8ItH9f5U0
>>143
貫通した穴ぼこに手榴弾を投げ込んで
破壊した話は、貫通した時点で
中で砲弾が跳ね回って乗員を殺傷するから、
もう動かないよね
0173名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:27:13.97ID:owLw7T6a0
海外製の戦車ゲームでこいつが使えるな

照準ガバガバで精密射撃は出来ないけど
敵戦車に当たると大体一撃で死ぬからたまに乗ると面白い
0175名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:28:57.09ID:IbYRZR130
>>1
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
  
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
  
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0176名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 22:29:07.05ID:ipjAg70A0
オットー・カリウスの手記を読むと、現地での下調べ、歩兵との連携、沈着冷静な判断といった地味な積み重ねが生き残る要因だとわかる。
0177名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:29:09.03ID:IbYRZR130
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 


災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?

https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

      
0178名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:29:11.48ID:xMF7qbZM0
>>44
ボロボロの主人公が戦車を与えられた瞬間みるみる健康になってるのを見て戦車には薬効もある事をあの映画で知ったわ
0179名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:29:33.64ID:IbYRZR130
>>1
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
   
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
  
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0180名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 22:30:27.77ID:UVQuQWNx0
>>85
アハトアハトといえばギュンター・ハルム
0181名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:32:03.25ID:on6Uqzrs0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 


災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?

https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

       
0183名無しさん@1周年
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2019/12/22(日) 22:33:21.03ID:klmwaxsV0
>>1
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
   
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
   
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0184名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:33:31.88ID:klmwaxsV0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 


災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

       
0185名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:33:43.28ID:h3d6/6PI0
プレステで洗車シミュレーターあったな。パンツァーフロントとかいうのあったな
0186名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:33:46.92ID:/FcdAQOY0
それKV1神話だよ
ティーガーショックは大きかったけど、現実的にはティーガーとほとんど戦わず
KV1やチャーチル戦車とティーガーが戦ったことはほぼなかった

まもっともティーガーショックがでかいからソ連は「無敵のT34-85、is2、KV1がティーガーを倒す」というプロパガンダを作った

このクルクスあたり中心のプロパガンダは1960-1970年代にも再燃した。当時ソ連戦車が一番強かったにもかかわらず
相手のポテンシャルを恐れていたからだ
0187名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:34:26.57ID:60VkcGuT0
>>1
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
   
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
    
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0188名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:34:43.96ID:60VkcGuT0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

 
0189名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:37:00.16ID:cQ4S6kPo0
歴史にifはナンセンスだが、もしアメリカがパーシングを1943年頃に配備できてたら、
また違った歴史になってたんだろうなあ。
0190名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:37:48.49ID:/FcdAQOY0
尚冷戦後の戦車パワーバランスは
1950-1970年 ソ連超有利じゃなくて主力T54が駄作
1970-1980年 戦車の総量と質でソ連が一見優勢だがエアランドバトルやミサイル戦術が確立されつつある
1980-1990年
ワルシャワ条約機構方面配備のソ連T72などの最新戦車は10000+旧式1万超過
たいしドイツ中心に戦車は5000-7000で戦力は3倍だが、地上戦力のみでもNATO有利
0191名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:40:16.83ID:1gGypxh00
>>32 恐怖のあまり錯覚を起こすんだよ すぐそばで確認出来る訳ではないからな
0192名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:41:36.07ID:owLw7T6a0
>>174
WTとWoTの両方
当たりどころが良ければティーガーでもワンパンや
0195名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:42:18.28ID:xINblzWP0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
   
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
    
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0196名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 22:42:30.24ID:xINblzWP0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

  
0201名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:12:51.82ID:8q7NYDOf0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
    
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
    
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0202名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:13:03.01ID:8q7NYDOf0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

   
0204名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:21:23.97ID:9Ua+jdZ/0
プラウダ高校か?
0205名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:22:14.35ID:tL4zGG0H0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
     
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
    
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0206名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:22:26.85ID:tL4zGG0H0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

    
0208名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:46:10.70ID:9TNCKWSC0
懐かしいな、アドバンスド大戦略。
就職して忙しくなって、続編は遊べなかった。
0209名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:46:51.46ID:QaRjzdnr0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか 
     
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
     
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0210名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/22(日) 23:47:03.27ID:QaRjzdnr0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

 

     
0214名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:00:42.61ID:fY4GCjLT0
>>33
接収したパンティそのものを使ってたよ。
インドシナ紛争にもちこんだってのはデマだけど。
0215名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:03:52.02ID:FZawqDNK0
>>187
一番のクソはお前えの長文コピペ
みんな楽しんでるんだからほっとけ精神障害児キチガイ
0216名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:05:41.02ID:EAzyL4W20
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか  
     
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
     
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0217名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:05:56.95ID:EAzyL4W20
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

  

 
0219名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:14:47.34ID:BeGsB2pf0
>>22
師匠筋が軍関係の人かな ゴムと金属のややこしいので
発音変えてた地方ルールがあったような
0221名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:18:37.25ID:vaTe6zD90
>>215
ここはそういう場所じゃない
速報ニュースだけがある場所だ
完全な板違いだからな
きちんとそういう分別のできる健常者に監督してほしいわ
0222名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:19:24.19ID:BeGsB2pf0
>>219
整備上の問題でだったかな 必要な道具全然違ってくるから
0224名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:20:09.02ID:7yNNR4tV0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか   
     
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
     
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0225名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:20:21.26ID:7yNNR4tV0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

  

  
0227名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:24:59.05ID:BeGsB2pf0
すぐにシフトレバー折れるとかで乗ってるのから評判悪かったやつだっけ
重くて遅いし重心おかしくて揺れてゲロ吐くので
だからなあにギアチェンジなんて必要ないで万事解決
0229名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:27:55.57ID:7n0xTEy90
カチューシャ「壁たん」
0231名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:28:33.37ID:RdFuPk/40
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか   
      
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
     
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0232名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:28:45.81ID:RdFuPk/40
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

  

   
0235名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:30:21.80ID:V+SmOeXX0
>>225
>>1はバカだがお前がコピペ連投しても良い理由にはならない
お前のやっている事は>>1と同じ掲示板の運営妨害だ
0236名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:36:01.95ID:ha6UnTza0
つーか戦車ってなんでこんなにカッコイいんだろう。三号突撃砲とかヤバいんだが。js3とか74とかレオパルド1とかエイブラムズとか。戦争してるっつーか女と戯れてるような気がしてくる。
0237名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:37:52.37ID:KW0h7Yc30
【何が、どのようにわかったか】
https://e*n*c*y*c*l*o*pedia.
u*s*h*m*m.o*r*g/co*nt*en*t/ja/
article/ev*id*en*ce-fr*om-th*e-ho*lo*ca*us*t

「ニュルンベルク裁判の目的は、単にナチスドイツの指導者たちに有罪判決を下すことではなく、ましてそれが主な目的でもありませんでした... 当初から私が感じていたように、それよりもはるかに重要であったのは、歴史の検証に耐え得るヒトラー体制の記録を残すことでした。」
—ロバート・ストーリー、米国検察団長

国際軍事裁判(IMT)が目指していたのは、判決や量刑をはるかに超越したものでした。この戦犯裁判を実行した者たちは、第二次世界大戦中にドイツにより行われたホロコーストを始めとする恐ろしい犯罪の公的記録を慎重に収集していきました。
アメリカ人の主席検事官ロバート・ジャクソンは、「記録が残されない限り… 次の世代の人々は、この真実がどれほど恐ろしいものであったか信じられないであろう。」との懸念を表していました。

後の世代が不公正と感ずることのないよう、個人的証言に依拠とした告発を避け、ドイツ人自身によって記録された文書主にに基づいた裁判を行うことが検事により決定されました。
この膨大な量の文書は法廷における4つの公用語に翻訳され、その重要性が吟味されて被告側弁護団と他の裁判参加者への配布用として再編されました。
検察側は、その他にも参考資料、図説、強制収容所でナチのカメラマンによって撮影された写真などによる物的証拠を提示しました。

立件するために、19の調査のチームがドイツの記録を精査し、証人と面談したり大暴虐の現場へ足を運んだりしました。

ニュルンベルク裁判における目撃証言は、アウシュビッツの殺人施設、アインザッツグルッペン(移動虐殺部隊)によって行われた残虐行為、ワルシャワゲットーの解体、および殺害された推定600万人のユダヤ人に関する詳細を含む、現在私たちがホロコーストについて知る事実の多くの基盤となっています。
0238名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:38:21.47ID:i/G+Xf3m0
>>1 
今さら古い情報でニュース速報板にクソスレとか   
      
https://dic.nicovideo.jp/t/a/kv-2
KV-2とは、第二次世界大戦初期にソ連軍によって用いられた重戦車である。
      
概要 
第二次世界大戦においてソ連軍によって用いられた重戦車・KV-1の派生型であり、152ミリ砲を旋回砲塔に積んで陣地攻撃を主目的として作られた車両である。さまざまな問題から運用は大戦初期にとどまったが、その重装甲と絶大な火力は相対した軍を局地的に恐慌に陥れた。

開発の経緯
元車両であるKV-1の開発経緯についてはそちらの項目を参照。

KV-1のテスト運用の場となった冬戦争だが、この戦いは当初はソ連側は鎧袖一触の勝利を見込んでいた。しかし精強かつ士気も高いフィンランド軍の前に、主戦線であるカレリア地峡では陣地戦で、副戦線であるラドガ湖方面では分断・包囲戦術によって、それぞれ莫大な死者を積み上げていたのである。

この状況をなんとか打破すべく、テスト運用で優秀な成績を収めたことで採用が決まったばかりのKV-1をベースにわずか2ヶ月ちょいで急遽製造されたのがこのKV-2であった。

構造
車体構造は基本的に原型となったKV-1と同一であるが、特筆すべきはその砲塔である。75mm厚の装甲板を組み合わせて作られた巨大な箱型砲塔とそこから突き出す太い152mm砲の砲身は「武骨」を越えて異様な空気を漂わせており、ぶっちゃけ現代イスラエルの非対称戦争用兵器・ナグマホンに匹敵するAFV史上有数のキモさだと思うのは筆者だけだろうか? 
ドイツ兵からは「巨人」、ソ連兵からは「ドレッドノート」と呼ばれたその姿は一見の価値ありである。

ちなみにこの改造により重量は50トンを超え、路上最高速度も実質20km/h台に低下。また152mm砲という既存の戦車砲の常識を置き去りにした本格的な師団砲兵クラスの火砲を搭載した結果、必然的に分離装薬式を採用せざるを得なくなり装填速度は極めて遅い。
その上に当時は砲塔旋回に動力を用いるのも一般的ではなく、砲塔の旋回や照準にも長い時間がかかるという問題……もっというと傾斜地では砲塔旋回すら困難というレベル……を抱えていた。急造兵器だからしょうがないんだけどね。

配備と運用
冬戦争に投入された先行試作タイプは期待にたがわぬ活躍を見せた。ある戦場に投入されたKV-2は48発もの37mm対戦車砲の直撃に耐え、その巨砲により攻略目標であった陣地を破壊している。よって現場からの評価も高く、本格的な量産が開始された。

冬戦争終結から1年、ドイツによるソ連侵攻が開始。この時点で生産されていたKV-2は約200両ほどだが、その運用は本来の陣地攻略用重戦車としてのものではなく、特に差異もつけずになーんも考えずKV-1重戦車といっしょくたに配備・投入されるというずさんなものであった。
そのため(ただでさえKV-1が鈍足なのに)その鈍足ぶりと重量に起因する故障の多さが嫌われ、大火力と重装甲を充分活かせない戦場にばらばらに投入されて撃破・喪失を積み重ねていくこととなる。そうした状況では追加生産の話も沙汰止みとなり、結局ソ連重戦車としては珍しいほどの短期間運用で終わってしまった。
後のドイツが類似コンセプトの車両であるシュトルムティーガーを防御用兵器として活用し、米軍に大きな脅威を与えたことを考えると勿体無い話と言わずには居れない。

その一方でぶつけられた側であるドイツ側はKV-2にさんざん苦しめられている。搭載する152mm砲は先述の通り師団砲兵が装備するクラスの重砲であり、この時代に一般的だったリベット接合の戦車なんかでは徹甲弾による直撃ではなく至近距離で榴弾が炸裂しただけで、爆風の衝撃でリベットがちぎれ飛び車体が分解してしまう。
スパロボ風にいうならマップ兵器級のシロモノで、こんなもんをほいほい撃ち込まれたらたまったもんではない。さらにKV-1をもしのぐぶっちゃけありえない重装甲ときたもんだから、これを見かけたドイツ軍はそれこそ近隣部隊の総力をあげての迎撃を強いられることとなった。 

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。
0239名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:38:33.28ID:i/G+Xf3m0
>>1

そのエピソードのひとつとして有名なのが、1941年6月下旬のとあるKV-2の奮戦である。市内の戦車師団と近くの川沿いの歩兵部隊との連絡を断つためにたった一両だけで送り込まれたそのKV-2は、当時のドイツ軍最新鋭対戦車砲であった5cm対戦車砲部隊を返り討ちにし、ドイツ軍の切り札である88mm高射砲の設置が始まったことも見ぬいて榴弾で吹き飛ばした。
夜間に忍び寄った工兵によって履帯を破壊されたものの戦闘機能は失われておらず、翌日に戦車を囮にしている間に設置された2門目の88mm高射砲に狙撃されるも6発のうち4発を跳ね返した。しかも(おそらく重傷であったと思われる)乗員はまだ戦意を失っておらず、88mm高射砲への応射のために砲塔旋回をはじめたため、破孔から工兵が手榴弾を投げ込んでようやくトドメを刺した、という。
日本語で表現するなら「玉砕」としか表現できない凄まじい奮戦だが、そもそもの命令が「死んでこい」としか解釈できないずさん極まりないものであり、救国の情に燃えて命令に従い最期の瞬間まで戦い抜いた彼らの名前もまた現代には伝わっていない。
また、この話は当初日本にKV-1によるものという誤った形で伝わっており、小林源文氏の劇画「街道上の怪物」においては戦車がKV-1となって描かれている。

 
 

 
災害情報を「自動翻訳」に頼った結果……おかしな多言語に外国人は?
https://withnews.jp/article/f0191123004qq000000000000000W08k10101qq000020119A
 
 

  

    
0246名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 00:44:12.68ID:K/7O6lcv0
ミリオタも引っかからないゴミスレwwwm9(^Д^)プギャーwww
0247名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 01:13:46.01ID:GirLnrWS0
街道上の怪物はKV−2だったのか
0249名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 01:25:11.32ID:GirLnrWS0
てっきりKV−Iだと思ってた
KV-Iでも不思議ではないが
KV−IIのほうがしっくりくる
0251名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 02:11:57.65ID:G6ZASK7j0
一番好きな戦車だな。
SU152かKV2かSU122が一番好き。
つぎがブルームベアかヘッツァーか3突。
0254名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 02:45:11.57ID:Nz6ZvblX0
鬼戦車のTシリーズめっちゃ強かったんじゃないの?
0256名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 05:44:52.33ID:r5KhcUqK0
KV2の異形な姿も凄いが、
こいつの弱点は巨大な砲口、と
砲口狙える技量持つ戦車兵がドイツにも居た、ってのが
凄い。砲塔の回転が余りにも遅いから出来る芸なんだろうが。
0257名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 07:25:08.88ID:vzi6oqYo0
シュルツェン付けたIV号もティーガーと見間違いされて集中砲火を浴びた
0259名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 08:02:48.87ID:xdcMq9Gi0
>>256
日本の対戦車砲も、
ハッチの蝶番(ちょうつがい)や展視孔狙い撃ちしたよ

だって普通に撃ったら皆跳ね返れされるから・・・
0260名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 10:45:28.12ID:XmS24riP0
というか
日本旧陸軍のあの情けなく
恥ずかしいゴミみたいな戦車をどうにかしろよ
あんなおもちゃの棺桶を
兵士に与えた連中を銃殺刑にしろ
0264名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 14:20:35.82ID:GTeL2ufh0
現在は重戦車って言われるものは配備されてないな
昔からみれば、今のふつうの戦車が重戦車なわけで
地面の強度から、限界に近い重さになってるし
0265名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:04:21.34ID:SDn7RfZH0
>>261
日本軍はキスカ島撤退作戦に代表されるように歩兵1人1人の能力が高いのに
それを全く活かしきれなかったってのがね。死者の多くが餓死者だし。

一言で言えば、上に行けば行くほどアホだったというのが敗因。今に相通じる日本の文化だわなあ。
0266名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:05:56.20ID:TcnXEduF0
チハで勝てますか
0267名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:07:15.87ID:U/LHpRVg0
チハたんクラスでもアジアで活躍出来た理由とは
0268名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:08:05.44ID:TcnXEduF0
日本は大陸打通作戦を貫き通せば勝てた
0270名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:10:09.62ID:5aoC+q6w0
ティーガーとどっちがつおい?
0271名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:15:34.50ID:lcSi7CKo0
街道上の怪物を 舐めんなよー
0272名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:20:11.19ID:H2/JiksE0
野砲をそのまま載せたから
デカイだけの気がする
どちらかと言うと
スターリン戦車系が
見るからにヤバげな
オーラがすごいw
0274名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:25:33.98ID:tq4g4cfX0
「4秒以内に回避しないと死にます。」
「遭遇するリスクにビビりこき」

自動翻訳面白くなったな。
0275名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:28:15.30ID:tq4g4cfX0
>>17
いや、その話入ってるよ。
「ドライブトレインを〜」ってのがそれ。
0276名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:28:50.52ID:LATEqakz0
>>274
小林源文とか戸田奈津子をラーニングしてるんだろうか…

その内「情け無用ファイアー!」とかも出てくるかな
0278名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:29:51.91ID:r5b/t/Zu0
KV-2が数日居座った時、食料ヤトイレはどうしてたの?
ソ連兵はその後生きて帰れたの?
0281名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 17:48:56.77ID:GTeL2ufh0
>>265
あの戦争は、どうやっても勝てないよ
下手に善戦して長引けば
落とされる原爆の数が増える
早めに“うまく”負けるには、尊い犠牲が必要だった

それを意識してやっていたとも思えないけどね
0282名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 20:22:27.14ID:2snukkeE0
>>281
沖縄戦やる前に降伏してりゃ北方領土は取られてなかった
降伏受け入れてもらえなくても、残った海軍で対馬海峡だけ守って
大陸の陸軍や民間人を全員引き揚げてくるだけでも違っただろう

奴らは満州確保に躍起になって追撃すらできないだろう
ソ連だって日本攻めるどころじゃなくなる
0283名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 20:25:50.92ID:IfEVvAqi0
へー そうなんだ すっごいね



★第二次世界大戦の結果だ 占守島の激戦 8月18日に海に落とされそうになった旧ソ連軍/ロシア軍
http://militarymatome999.web.fc2.com/ro2.html

#北千島 #抑留 #占守島 #北方領土 #ソ連軍 #ロシア軍 #第2次大戦 #チハ #97式戦車 #九八式臼砲 #島嶼防衛 #戦車戦

#WW2 #Shelling #Kamchatka #SovietArmy #RussianArmy #WorldWar2 #Tank #TankWarfare #WAR


★これがWW2の結果だ 8月18日に占守島で叩きのめされた旧ソ連軍/ロシア軍
http://militarymatome999.web.fc2.com/ro1.html

#占守島 #ソ連軍 #ロシア軍 #第2次大戦 #戦車 #戦車戦 #チハ #97式戦車 #カムチャッカ

#WW2 #Kamchatka #SovietArmy #RussianArmy #WorldWar2 #Tank #TankWarfare
0284名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 21:11:20.73ID:j0NBA3RO0
>>260
戦車なんて優先度の低いものに資源や予算を配分するのはムダ
という極めて合理的な判断だが?
当時の戦車の被撃破要因は地雷と対戦車砲がほとんど
割合的に戦車同士の戦いなんてほとんど発生してない
0285名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 21:18:42.41ID:AxiTRgXm0
垂直装甲は浪漫
0286名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 22:56:38.22ID:BeGsB2pf0
>>260
物資と技術が無いのもあったけど
ポーランド侵攻のときのドイツ戦車が
騎兵のランス突撃で何両も破壊されたってのが
変な意味で伝わっちゃったからね
ほぼもう儀式か輸送くらいしか使い途ないと思われてた騎兵が
プゲラ 今時槍なんぞに負ける代物って
と窓際だった自覚もあったのが居場所復権を求めて活動して更に何年も遅れちゃった
当然ポーランド騎兵と同じ事やろうとして既に克服済み全く通用しなかった
0287名無しさん@1周年
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2019/12/23(月) 23:01:33.89ID:USpk2tBQ0
>>278
小林源文がこのエピソートを作品にしている。
トイレの件はわからないけど最後は玉砕している。
0289名無しさん@1周年
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2019/12/23(月) 23:11:20.43ID:0a/UwFN00
>>282
そんなに簡単に降伏するなら、初めから真珠湾攻撃なんかするわけなかろう。甘っちょろいな。
0290名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 23:19:50.84ID:lllOZ/GQ0
軍ヲタ「APSFSS弾が(略」
軍ヲタ「セラミック拘束装甲が(略」

俺「じゃあそのAPSFSF弾でセラミック装甲を撃ったらどうなるの?」
0291名無しさん@1周年
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2019/12/23(月) 23:36:56.05ID:j0NBA3RO0
>>278
食料はあるていど車内にある
トイレは夜中に外でやっていたか薬莢の中とか戦車の床板をはずして投棄
戦車のなかはかなり臭く居住性は最悪
0292名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/23(月) 23:44:05.99ID:GRADQzoR0
ガールズ&パンツァー 新ストーリーは以下のようなもの。

快適女学院という新たなライバル校が登場する。
快適な女性を育成する目的で設立された学校。学園艦は亀甲船の形をしている。
隊長はキムパクリというキャラクター。誹謗中傷により敵の戦意をくじく作戦が得意。
ルールを無視して最新のK2黒豹戦車を使用するが西住みほの4号戦車に負けてしまう。

快適:特例措置で朝鮮戦争時の戦車の使用を認めよ。
大洗:了解した。受けて立つ!
−−−−【K2黒豹戦車登場】−−−−
大洗:現代の戦車はルール違反だ!
快適:朝鮮戦争は1953年に休戦したが終わっていない。現在も継続中なのだ!
−−−−【K2黒豹パワーパック爆発・走行不能白旗判定】−−−−
快適:ぐぬぬ。
0294名無しさん@1周年
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2019/12/23(月) 23:53:01.93ID:IXDMeK5V0
つかKV-2は榴弾砲だ。最初から対戦車戦を想定したKV-1とは最初から運用法が違う。
榴弾砲戦車に対戦車戦やらせたバカは、世界中で日本軍とフランス軍だけ。
0295名無しさん@1周年
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2019/12/23(月) 23:58:14.44ID:TmgZVqAS0
アメリカマンせー視点で製作された
ブラピ主演の映画「フェリー」は糞だったな

本当だったら、M4なんて遠距離からまとめて撃破されているよ
0296名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/24(火) 00:44:20.31ID:5eDfpHkN0
>>290
APFSDSの事か?
0298名無しさん@1周年
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2019/12/24(火) 00:48:28.15ID:V6k341Jk0
>>290
マジレスすると射距離と被弾回数による
0300名無しさん@1周年
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2019/12/24(火) 00:59:57.30ID:GoZULQvv0
シャーマン戦車乗りがインタビューで言ったのは、ティガー1台を破壊するのにシャーマン4台が必要だったとのこと。
近づこうとして1台、旋回中に1台、接近戦で1台、残った1台が分厚い鉄を破壊する、こんな流れだったような。
映画フューリーでも似たようなシーンがある。
シャーマン戦車乗りに質問すると、私はティガーを選ぶと笑ってた。
0302名無しさん@1周年
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2019/12/24(火) 01:10:01.30ID:jh+wmamC0
因みに、俺の同期の親父さんは本物の旧陸軍戦車乗り
10年ぐらい前にあった時はまだ社長をやってると言ってたな。
0303名無しさん@1周年
垢版 |
2019/12/24(火) 01:13:46.19ID:osm9u4XZ0
「質問に答えなさいニーナ同志」
「我が校のフラッグ車の情報はスパイに筒抜けだったのかと聞いているのよ」


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