注文してから手元に届くまで“17年待ち”という「天使のパン」。なぜそれほど待ち時間が長いのだろうか?

実は多比良さんには、競輪選手時代に遭った事故の影響で左脚に麻痺が、さらに「高次脳機能障害」がある。「高次脳機能障害」とは認知機能の障がいで、記憶が曖昧になったり、集中力が続かなかったりする症状がみられるものだ。

そのため、ひとつのパンを作るのにかかる時間は3時間ほど。1日かけても5、6個しか作れないという。

これらの障がいがありながらも、一つひとつ懸命にパンを作り上げている多比良さん。作業中に大切にしているのが、こちらのメモだ。

妻・ふさ子さんが、10年以上前に注文してくれた人に連絡を取り、現在の状況をまとめたもの。

注文当時は独身だったが、現在結婚を経て2人のママになった女性からのオーダーで、多比良さんは「家族全員で食べてほしい」という思いを込めて作っていた。

「パンが届いたときに『家族団らんで笑いながら食べました』と連絡をもらうと、やっぱり思いが伝わっているのかなって思います」(多比良さん)

こうして作られるパンは、いつしか「天使のパン」と呼ばれるようになった。

◆長男の誕生が転機に
しかし、このパンの誕生の裏には、大きな苦難があった。

パン作りをはじめたのは、事故の後、指先の感覚を取り戻すリハビリのため。当初は知人や近所の人に配るだけだったが、徐々に評判が広がり、パン職人の道を歩み出す。

一方で、2010年からパラリンピックの自転車競技にも挑戦。ここで新たな問題が生じる。

「試合に出ているうちに、どんどん自分を追い込んでしまうんですね。前向きにどんどんやっていくと、脳を打ったせいか、感情のコントロールがうまくできなくなってしまったんです」(多比良さん)

パラリンピック挑戦だけでなく、パン作りもうまくいかない…。苦しむ日々が2年近く続き、2012年に転機が訪れる。

それは、長男・龍聖くんの誕生。龍聖くんと過ごす日々の中で、多比良さんはパン作りに専念することを決意した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2459f03a3c5e1165e325f7b5ad208be9337104eb