https://www.cnn.co.jp/world/35187598.html

ウクライナ・スラビャンスク(CNN) ウクライナ東部の町スラビャンスクのほこりにまみれた路上で、黒い長袖シャツに作業ズボンといった出で立ちの男が1人、たばこをふかしている。男には監視の目が注がれている。

「奴はこっちのものだ」。道の向こうに止めた車から、男が無線で呼び掛ける。「さあ、始めるぞ」
反対方向から1台のバンが現れ、男の前で急ハンドルを切って止まった。中から戦闘服を身に着け、覆面で顔を隠した男2人が躍り出る。黒シャツの男は、本能的とも思える動きでその場に倒れ込んだ。ウクライナ保安局(SBU)の要員らは、倒れた男のボディーチェックを行い、極めて重要な証拠を回収する。男の所持していた携帯電話だ。

ウクライナ東部では、ロシア軍とウクライナ軍による砲撃の応酬がほぼ常態化している。ロシア軍の砲撃の大半は無差別だが、一部は価値の高い目標を狙って行われる。軍の野営地や兵器の集積所、クラマトルスクにあるSBUの本部などがそうだ。同本部は戦争開始の最初の数週間で部分的に破壊された。

SBUによると、ロシア軍は協力者に多くを依存しながら標的へのピンポイント爆撃やその成否の評価を実行している。CNNが先週末にスラビャンスクで逮捕されるのを目撃した男も、そのようなスパイだとみられる。
SBUの捜査員と現場で対峙(たいじ)すると、この容疑者はすぐに敵と連絡を取り合っていたことを認めた。

「向こうから何を聞かれた?」。捜査員が尋ねる。

「座標、移動、そういったもの」。うなだれた状態の容疑者が答える。「命中した地点とか、そんなようなこと。全体的な状況だったり」

「向こうがなぜ座標を知りたがっているのかは分かるか?」

「ああ、分かる。よく分かっている」

現地のSBUは、日に1~2度、このような形のおとり捜査を行っていると説明する。今回逮捕した男は、捜査対象となってからわずか4日しか経過していなかったという。
容疑者の中には典型的な潜入者もいる。彼らはロシア系の市民として開戦時にドンバス地方へ送り込まれ、地元住民の間で暮らしている。政治的な同調者もいるが、今回の逮捕を主導した人物に言わせれば、ほとんどの人間は金のためにスパイ活動を行っている。

「思想的な裏切り者は数が減る一方だ。ロシア連邦による2014年のドンバス侵攻を支持し、いわゆる『ドネツク人民共和国』と『ルガンスク人民共和国』の創設時期にも支持を表明した者たちでさえ、マリウポリやハルキウ、キーウ(キエフ)、ブチャをはじめとする数十、数百の土地で起きたことを見て、ロシアについての世界観を変え始めた」と、上記の人物は語った。

先週末に逮捕された容疑者は捜査員に対し、わずか500フリブナ(約2200円)と引き換えに標的に関する情報を渡したと明かす。メッセージアプリの「テレグラム」を通じ、「ニコライ」と名乗る人物の募集に応じたという。
捜査員が両者のやり取りの内容を読み上げる。SBUの要員らは銃をホルスターから抜いて立っている。

「昨日はよくやってくれた」と、ニコライの投稿。「同じ情報が今日もほしい。野営地での軍の写真や動画、地理データだ。どのくらいで手に入る?」

「了解。了解」と、容疑者が返す。「返信する。1時間半から2時間だ」

「オーケー、待っている」とニコライ。「気をつけろ。カメラに注意して、見られないように。写真や動画は隠れて撮影しろ」

捜査員は容疑者に、携帯電話を押収すると告げる。

「拘束されたことを誰に連絡する?」と捜査員が尋ねると、「母親に」と容疑者。番号は携帯電話に入っていると説明した。

その後、容疑者の男はSBUの車に乗せられ去って行った。逮捕を主導した前出の人物は容疑者について、ここから西に位置するドニプロまで連れて行かれ、裁判を受けることになると話す。本人のスパイ行為が死者や「重大な結果」の発生につながったことが証明されて有罪になれば、終身刑が言い渡される可能性もあるという。

「ミサイルが飛んでくる座標は、こうした犯罪者たちが送信したものだ。人々はこうしたミサイルのせいで死ぬ。我が国の兵士も、民間人も殺される」と、同人物は強調した。

そのうえでこうした裏切り行為に対し、個人的な怒りを抑えるのは難しいとも告白。スパイを逮捕するたび、数週間にわたるロシアの爆撃で住む場所を奪われ、全てを失った自らの愛する人たちや親類のことを思い出すと語った。
またクラマトルスクの鉄道駅についても毎回記憶がよみがえるという。4月にロシアが行った同駅に対する爆撃では少なくとも50人が死亡した。