《弁護士会から受ける利益よりも参加することの負担が大きい人には、弁護士会に参加しない権利も認められるべきです》

平成27年1月、こんな内容が記された選挙公報が法曹関係者の話題をさらった。訴えの主は東京弁護士会の27年度選挙に副会長候補として立候補した赤瀬康明(39)。キャリアを示す司法修習期は64期で、16年から開学した法科大学院を修了した、いわゆる「ロースクール世代」だ。

 この選挙には定員6人に対し7人が立候補。無風だったはずの新執行部選出が選挙戦にもつれこんだ。当時いずれも50歳代だった他候補の中で赤瀬が注目を集めた理由は、30歳代という若さだけではない。その訴えの中身にあった。

 赤瀬は「新たなる弁護士会の幕開け」と題した公報で、弁護士会の現状を《相も変わらず派閥力学・年功序列・密室談合的に選出された30〜40期代の方々で構成されているのが実情》と指摘。ロースクール世代の代表者として《若手の声を今の弁護士会に届けるのが私の役目》と変革を訴えた。

 マニフェストには、高額な弁護士会費の半減、強制加入団体にそぐわない過度に政治的な活動の廃止・縮小、無駄な会務活動の削減などが並んだ。中でも度肝を抜いたのが、弁護士会の任意加入制の導入だった。

 それは、日本弁護士連合会(日弁連)と全国の単位弁護士会が弁護士の指導・監督など完全な自治権を持つ「弁護士自治」の破壊を意味する。いわばタブーに等しい言葉が日本最大の単位会の選挙で公然と語られる事態は、若手の不満が近い将来、火種になりうることを示唆した。

「弁護士自治なんて、いりません」。あるベテラン弁護士は、最近の日弁連臨時総会で若手弁護士が平然と提案した意見に驚いた。

 弁護士が増え続けて仕事が減る中、会費の負担だけが重くのしかかる−。赤瀬の主張を支えるのは、主にこうした経済的困窮にあえぐ若手だ。赤瀬のマニフェストにもあるように、ベテランらで構成する弁護士会執行部が会員の苦境をよそ目に、政治性が強く意見の分かれる憲法・安全保障などのテーマで左傾的政治闘争を繰り広げていることへの反発も背景にある。

 不満の源をたどると、大幅な環境の激変、つまり司法制度改革による弁護士増員にたどりつく。

 国の司法制度改革審議会(司法審)は13年の意見書で「法曹需要の大幅な増加が見込まれる」と指摘。これを受け政府が14年、司法試験合格者を年間3千人とする計画を閣議決定した。当時約千人だった合格者は20年に2千人超と倍増したが、需要は見込み通りには増加しなかった。

 新人が法律事務所に就職できなくなった。事務所で所長から給与をもらう「イソ弁」(居候(いそうろう)弁護士)が新人の登竜門だったのに、事務所の軒先(机)だけを借りる「ノキ弁」、登録してから即独立する「ソクドク」が増加。「食えない弁護士」も出るなど二極化が進んだ。日弁連内でも増員への批判が噴出する中、司法試験合格者数は27年に「1500人以上」に下方修正された。

中略

ロースクール世代45%

 赤瀬と同じ東弁に所属する澤藤統一郎(74)は「国家権力と対峙(たいじ)し、人権や自由を守るのが弁護士の職能であり、だからこそ自治が必要。強制加入と切っても切り離せない」と指摘し、こう続けた。

 「あっけらかんと私利私欲を表に出し、稼げればいいという弁護士が出てきているのは嘆かわしい」

 澤藤の嘆きは「人権擁護と社会正義」こそが弁護士の使命と固く信じる世代が共有する。それ自体は誤った認識ではない。ただ、弁護士増員の荒波にのまれたロースクール世代との価値観の溝は広がっている。

 元大阪弁護士会会長の重鎮弁護士は言う。「生き残るのが大変な時代なのに、若手が弁護士会の恩恵を感じていない。政治的な思想信条の活動にうつつを抜かしている暇はないってね」

 3万8千人超の日弁連会員で法科大学院出身者は約45%を占め、過半数に達する日もそう遠くはない。世代間対立が激化すれば、弁護士自治の崩壊が現実味を帯びてくる。(敬称略)

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