※週末政治

 2019年7月15日。私はこの日を「日本が中国化した日」として記憶することになるかもしれない。

 この日、安倍晋三首相が参院選の応援のために札幌市を訪れた。その際、街頭演説していた安倍首相にヤジを飛ばした市民が、北海道警の警察官によって現場から引き離された。

 周囲とのトラブルは発生しておらず、ヤジで首相の演説が中断することもなかった。にもかかわらず事実上の強制排除である。

 この様子を地元のテレビ局が報道している。映像を見ると「安倍辞めろ」と大声を出している男性が警察官に取り囲まれて連れ出されている。また「増税反対」を叫んだ女性は、私服姿の警察官数人に体をつかまれて排除された。2人とも拡声器は使っていない。

 排除された女性は「『何の根拠で』と質問すると『公共の安全のためだ』と言われた」と話している。

 このほか「年金100年安心プランどうなった?」と書いたプラカードを掲げようとした女性も、警察官に取り囲まれ歩道の端に移動させられた。一方で、首相支持のプラカードは多数掲げられていたという。

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 何が起きたのかを簡単にまとめると、こうなる。

 「街頭で最高権力者の演説に対して批判の声を上げた市民が、何ら暴力的なことはしていないのに、(一時的にしろ)警察の実質的な拘束下に置かれた」

 これって…国際ニュースを見れば分かるが、共産党一党独裁の中国や、プーチン政権による強権支配のロシアで起きていることだ。

 それが日本で起きるとはどんな意味があるのか。そう考えて私は驚きの結論に達した。「日本が中国化、ロシア化している」

 公職選挙法は225条で「選挙の自由妨害」の一つに「演説の妨害」を挙げている。しかし、拡声器も使わない個人のヤジに法的な「演説の妨害」を適用するのはかなり無理がある。

 北海道警は排除した理由を「トラブルや犯罪の予防のための措置」と説明している。これもくせものだ。

 強権国家では当局が言論を抑圧する際、法令の拡大解釈で「違法」としたり、「公共の安全」「トラブル防止」を持ち出したりするのが常とう手段だからだ。

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 北海道警がここまで神経質になった理由は何だろうか。極端なほどの「ヤジ嫌い」で知られる安倍首相に忖度(そんたく)したように思える。当局が権力者の意向を先読みして過剰な取り締まりに走るのも、これまた強権国家によくあることである。

 前に書いたことがあるが、ヤジは「大衆の批評」なのだ。一般論として、好き勝手なことをしゃべっている偉そうな政治家に「引っ込め!」「ウソつくな!」とヤジるのは、大衆の持つ当然の権利だと考える。「表現の自由」の最も原初的な姿とも言えるだろう。

 もちろん行儀は悪い。周りの人はうるさく思うかもしれない。しかし「行儀の良さ」や「その場の秩序」は、「人が言いたいことを言える自由」に優先するほど重要ではない。しかも場所は誰もが通れる街頭だ。

 私は自分の住む日本が、現在の中国やロシアと違って「権力者に対し、自由に声を上げられる国」であることを誇りに思ってきた。私にその誇りを捨てさせないでほしいのだ。

 (特別論説委員)

2019年7月21日 11時0分  西日本新聞
https://news.livedoor.com/article/detail/16806102/