台風15号に見舞われた千葉県では、多くの外国人が異国での思わぬ災害に困惑している。警察との日本語のやり取りに苦労したり、雨戸の使い方を知らず被害にあったり――。「災害弱者」である外国人をどう支援するかは、大きな課題となっている。

 「ボン、ボン!」。大きな衝突音がするたび、古民家が地震のように激しく揺れた。

 台風15号が接近した9日未明。千葉県鴨川市の山間部に一人で暮らす米国人のフリーライター、スザーン・レイさん(54)は恐怖で震えていた。「命の危険を感じ、ほとんど眠れなかった」

 朝に外に出ると、長さ10メートル近い倒木が何本も屋根にのしかかり、家はつぶれかけていた。警官が駆けつけてくれたが、来日10年目のレイさんは焦りもあり、日本語でうまく話せなかった。近くに日本人の友達もいない。

 そこで頼ったのが、来日20年以上で日本語の得意な米国人の友人、トッド・マックウィリンさん(50)とその妻のクリステンさん(53)だ。市役所などとのやりとりを手伝ってもらい、今は市内のトッドさん宅に身を寄せている。「仲間とのつながりがなければ、生活はもっと苦しかった」とレイさんは感謝する。

 JR安房鴨川駅近くに住む中国人留学生の女性(22)は台風が近づいた日の夜、2階建てアパート1階の自室の雨戸を閉めずにいた。突然、強風で飛ばされた瓦がベランダに面したガラス戸を突き破り飛び込んできた。「雨戸は中国にはなく、何のためにあるのかわからなかった。本当に怖かった」

 市原市ではフィリピン人たちが、カトリック信徒同士のネットワークで支え合っている。

 市内に約30年住む織笠アイラさん(56)は、人工透析患者のフィリピン出身の女性(65)を4日間泊めた。女性は自宅が停電してエアコンが使えず、体調悪化が心配されたためだ。日本人の夫と義母も快諾してくれた。「何かあったときはお互い様。みんな教会のファミリーだから」

 君津市の特別養護老人ホーム「夢の郷」のベトナム人技能実習生たちは、寮の停電が15日夕まで続き、夜は懐中電灯の光だけで過ごした。施設の無線LANが復旧した13日、日本語のニュースを辞書アプリで読み、初めて被害の状況を知った。グエン・ティ・フン・ニュンさん(20)は「ベトナムでも停電はあるけどこんなに何日も続いたのは初めて」と振り返った。

9/18(水) 8:17
朝日新聞デジタル
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