畜魂碑には花が絶えない(大阪府羽曳野市の「市立南食ミートセンター」)
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「油かす」といっても天ぷらを揚げる際に生じる揚げ玉ではない。牛の腸、いわゆるホルモンを油でかりかりに揚げた大阪・南河内地方の食材だ。お好み焼きやうどんに加えると、魔法のようにうまみが増す。食肉産業で栄えた地域の歴史が詰まっている。

お好み焼き店「きそじ」(大阪府藤井寺市)を訪ねた。熱々を頬張った瞬間、香ばしい香りが鼻こうをくすぐる。かりっとした歯応えとともに、かすかな甘みも感じられる。「いいダシ出てますでしょ」と店主の森川貴史さん。油かす入りの「カス焼き」は約40年前に両親が店を開いた時からの看板メニューだ。

油かすの大きさは直径10センチメートルほどで、干しシイタケのようにも見える。茶色の部分が腸の内側、白い部分が外側の脂だ。ミキサーで数ミリメートルに砕き、生地の上に乗せて焼き上げる。ダシと歯応えの両方を楽しむための工夫という。

次に訪れたのが近鉄の藤井寺駅前のうどん店「はびきのうどん」(同)。「かすうどん」は薄く切った油かすのプルンとした食感を楽しめる。「美容に良いとされるコラーゲンもたっぷり」と店主の村上貴則さん。たこ焼きとの相性も良い。たこ焼き店「元祖!!かすたこ」(大阪府羽曳野市)ではソースをかけず、しょうゆ味の生地だけで濃厚なコクが味わえる。

まさに魔法のような食材の油かす。その作り方を羽曳野市内の販売店「キンワフード」で見せてもらった。

ぶつ切りにして縦に開いた腸を大鍋でゆっくりと炒(い)る。腸から溶け出た油が鍋の中でかさを増し、おいしそうな香りが漂ってきたところで取り出す。「早すぎると油っこいし、遅れると出し殻みたいになってしまう」。店主の笹井良真さんによると、10キログラムほどの重さが1キログラムに減る。それだけ、うまみが凝縮されているわけだ。

油かすが作られ始めたのは明治時代の半ば。埴生(はにふ)村(現在の羽曳野市)に大阪府有数のと畜場が開かれ、まだ肉を食べ慣れていなかった当時の日本で食肉文化を育んできた。油かすは腸からせっけんの材料となる脂を取った後の残りかすで、身近な保存食だった。

羽曳野市には今も小規模ながらと畜場があり、敷地内の畜魂碑(ちくこんひ)は花が絶えない。「先人からずっと牛に生かされてきた。何一つ無駄にしないという思いがこもっている」。町会長の風呂谷幸蔵さんが教えてくれた。(東大阪支局長 高橋圭介)

<マメ知識>人気上昇 今や高級品
「かす」という名前の通りかつては手軽に買えた油かすも、今や牛肉を上回るほどの高級品になっている。炒(い)りの深さによっても異なるが、100グラム当たり500円以上はざら。ホルモン人気のあおりで材料が焼肉店などに流れ、手に入りにくくなったためだ。本場の南河内でも店頭に常にあるとは限らず、遠方からならインターネット通販が買いやすい。食肉卸「肉の匠テラオカ」(羽曳野市)のサイトで取り扱っている油かすは国産牛だけ。輸入牛はやや臭みがあるという。

日本経済新聞 2020/12/10
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