<民なくして10・31衆院選>
 新型コロナウイルス禍の中で、衆院選が19日公示された。サービス業を中心に壊滅的に落ち込んだ経済の立て直しや広がる格差、多様性ある社会の実現など、論点は多岐にわたる。長年続いた安倍・菅政権への評価も問われる。未来を決める一票の行方を見極めるため有権者のまなざしは熱い。

◆雇い止めで貯金底つく
 「新しい部屋は居心地がいいです」。19日夜、東京都世田谷区の住宅街にあるアパートの一室で、女性(35)は頰を緩ませた。一人暮らし。9月から契約社員として働く。週2、3日は「居心地のいい」部屋でテレワークしている。
 埼玉県で生まれ、大卒後は就職活動をせず、アルバイトなど非正規雇用で暮らした。「コロナ禍の影響」を理由に、契約社員として働いていた製薬会社で雇い止めに遭ったのは3月。すぐ貯金が底を突き、生活のため金融機関や親族から30万円ほど借りた。
 当時は東京都調布市のアパートで一人暮らし。お金はないが、引っ越したかった。なぜなら、そこは東京外郭環状道路の地下トンネルルートに近く、昨年10月には近所の道路が陥没したから。工事を進める東日本高速道路に「補償はあるのか」と問い合わせても説明は不十分で、住み続けるのは不安だった。
 しかし、実家は経済的に余裕がなくて頼れない。困り果てていたとき、困窮者支援団体の住宅支援制度を知った。敷金・礼金などに充てる25万円の支給を受け、今年7月、ようやく引っ越した。「非正規雇用は収入が不安定。安心して暮らせる場所がなければ結婚や出産にも二の足を踏む。特に東京は家賃が高く、使いやすい国の支援があってほしい」と話す。
◆公的な住宅手当創設求める署名に6000人
 住まいを保障する制度には、離職や廃業した人に原則3〜9カ月分の家賃相当額を支給する住居確保給付金がある。コロナ禍では対象要件が緩和され、2020年度の新規支給決定数(速報値)は、全国で前年度の34倍に当たる13万5000件となった。
 だが敷金・礼金などは支給されず、女性のようにまとまったお金がない状況だと費用が足りない。それに東京23区の単身世帯なら月収13万8000円以下といった、要件もある。
 状況を打開しようと、全国の研究者らによる「住まいの貧困に取り組むネットワーク」は衆院選を前に、公的な住宅手当の創設を公約にするよう各党に求める署名活動をオンラインで展開。公示前の半月で、約6000人が賛同した。
 ネットワーク世話人の稲葉剛さん=立教大大学院客員教授=は「日本では戦後、住まいの確保を個人の自助努力に頼る新自由主義的な政策がとられてきた」と指摘する。
 コロナ禍のみならず、災害や非正規労働者の増加、低年金、無年金高齢者の増加など、安定した住居を確保できない「住まいの貧困」は今後も広がる懸念がある。稲葉さんは「国は誰もが困ったときに利用できる無期限の住宅手当を導入すべきだ」と訴える。
 選挙は、こうした現状を政治に伝える好機だ。女性は「収入がなくなると住まいを失う不安が膨らむ。住まいがなくなる恐れのない社会になってほしい」とつぶやいた。(中村真暁)

東京新聞 2021年10月20日 06時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/137746