https://news.yahoo.co.jp/articles/cf462558ed76c6627d57ab8d21385b5395752a11
■約2400年前の騎馬民族の遺物を分析、ヘロドトスの『歴史』の記述は正しかった
 古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは、2400年以上前に、騎馬遊牧民のスキタイ人は人間の皮を使って矢筒を作ると書き残した。
これまで疑問視されることが多かった記述だが、このたび、それが事実だったことが確認された。
2023年12月13日付けで学術誌「PLOS ONE」に発表された論文には、「この調査結果によって、ヘロドトスのおそろしい主張が裏付けられたものと考える」とある。

ヘロドトスによると、スキタイ人は最初に殺した人間の血を飲んだり、頭皮を集めたりしていた。
「死んだ敵の右手から、皮や爪などあらゆるものを集め、矢筒のカバーにする者も多い。
人間の皮は厚く、光沢があるので、あらゆる動物の皮の中で一番明るく白いとも言われる」と、ヘロドトスは紀元前5世紀に記している。

今回の研究では、これまでに発掘されたウクライナ南部にあるおよそ2400年前のスキタイ人の墳墓(クルガン)18基で出土した革の断片45個と毛皮の断片2個を分析した。
「ペプチドマスフィンガープリンティング」と呼ばれる技術を使って特徴的なタンパク質(皮膚のコラーゲンと毛皮のケラチン)を調べたところ、45個中36個で動物の種を特定できた。
そしてそのうち2つは、明らかにホモ・サピエンスのものだった。どちらも、ヘロドトスが述べたように、矢筒に使われていた。

「サンプルは2つだけですが、0と1よりずっといいです」と、今回の論文の最終著者でイタリア、パドバ大学の考古学者であるマルガリータ・グレバ氏は話す。
「ヘロドトスが伝えているのは根拠のないことではなく、スキタイ人は明らかに人間の皮を使って文化的人工物を作っていました」
革の断片は小さすぎるため、それが人の手の皮で作られたものかどうかを判別するのは難しい。
だが、DNA分析によって、革の材料となった人間がどこから来たのかが明らかになる可能性は残されている。

グレバ氏によると、人間の皮が使われていたのは、矢筒の最上部だけのようで、それ以外はウシや野生のキツネなどの「普通」の動物の革でできていた。
「複数の動物の皮を組み合わせて使うことがとても多く、そこに人間の皮が加わることもありました。使えるものを使ったということでしょう」

■戦闘民族スキタイ人
ヘロドトスは、『歴史』全9巻のうちほぼ1巻をスキタイ人に割き、黒海の北に住む騎馬民族と記したが、
スキタイ人やそれに関連する遊牧民グループの考古学的証拠は、ウクライナから中国西部にかけてのユーラシアのステップ地帯で広く見つかっている。
ドイツ、マックス・プランク進化人類学研究所の考古遺伝学者で、スキタイ人について研究しているグイド・ネッキ・ルスコーン氏によると、
スキタイ人は紀元前900年ごろのカザフスタン東部にあるアルタイ山脈に由来すると考えられるという。なお、氏は今回の研究には関与していない。

ヘロドトスによると、スキタイ人は戦士としてよく知られており、戦争にも狩猟にも使う短弓(ショートボウ)をとりわけ重要視していた。
今回の研究には関与していないものの、英オックスフォード大学の考古学者バリー・カンリフ卿もスキタイ人に詳しい。
同氏は、ヘロドトスが紀元前444年ごろ、ギリシャの植民地だった黒海北岸のオルビアを訪れたときに、この情報を得たのではないかと考えている。
「そこでいろいろな人と話し、さまざまな話を聞いて、それをつなぎ合わせたのでしょう」とカンリフ氏は述べる。
そのため、ヘロドトスが書いたことはおそらく正しいが、その情報はつぎはぎなので、すべてのスキタイ人が同じことをしていたとは限らない。

カンリフ氏は、矢筒に人間の皮を使うことは、矢に魔力を込める意味があったのではないかと考えている。
「敵の一部を持つことで、敵の力を抑えようとしたのでしょう」