平日朝の列車乗車率が、何と130%−。熊本県人吉市と同県湯前町を結ぶ第三セクター「くま川鉄道」で近年、大都会のようなラッシュが起きている。沿線自治体の人口が急増しているわけではない。のどかな田園地帯を走るローカル線で、なぜ−。特命取材班が調べてみると、乗客増を単純に喜べない地方の深刻な現状が見えてきた。

 7月初め、同県錦町の肥後西村駅。記者が訪ねた午前7時すぎ、ホームはごった返していた。待っているのはほぼ全員、制服姿の高校生。そこに3両編成の列車が到着した。車内はやはり、高校生でぎっしりだ。

 「もう少し奥に詰めて」。無人駅のため、本社から派遣された社員や車掌の誘導に従い、人吉方面へ通学する約50人が何とか乗り込んだ。

 この日のダイヤの遅れは約5分。同社の生駒圭史運輸区長は「学校行事や天候で混み具合が変わる。乗れない客がいないか、毎日、綱渡りです」。

 同社は国鉄民営化後、旧湯前線を引き継ぐ形で1989年4月に発足した。沿線5高校の通学手段の確保を主な目的に、地元自治体などが出資する第三セクターが運営する。利用者の8割が通学生だが、乗客数は年々減少していた。

 状況が一変したのは、2015年。熊本県の高校再編に伴い、沿線の多良木高(多良木町)を19年に閉校することが決まり、生徒募集をやめた。結果、地元に進学先がなくなった同町や湯前町などから人吉市方面に通学する生徒が増え、朝の混雑が激しくなった。

 同社は車両を5両しか保有しておらず、増便や増結は不可能。内部は観光列車仕様のため、座席が向かい合ったボックスシートやテーブルがしつらえてあり、通勤仕様より定員が少ない。1両1億6千万〜2億円の新車両を購入する経営体力もない。多良木高が閉校する来春以降は、さらに通学利用者が増え、混雑に拍車がかかるとみられている。

 15年に約51万9千人だった定期券利用者は、17年には約60万2千人に増えた。通学時間に限って見れば活況に見えるが、定期券以外の利用客は同時期に2万6千人ほど減っている。鉄道事業の営業収支は横ばい状態で、28年連続の赤字と厳しい経営に変わりない。

 永江友二社長は「通学生の積み残しを臨時バスに頼れば、鉄道の存続意義が問われる。観光列車の集客にも限りがある」と、地方路線維持の厳しさを訴える。

 1990年に11万人を超えていた人吉・球磨地域の人口は、15年に8万8千人台に減り、高齢化率は17%から35%に倍増した。若い学生でにぎわう朝の通学ラッシュは、少子化に伴う高校統廃合の皮肉な活況だった。




西日本新聞 2018年07月22日 06時00分
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