大手企業で社員の希望しない転勤をなくす動きが広がっている。新型コロナウイルス禍でテレワークが浸透し、場所を問わない働き方が可能になったからだ。企業には人材を引きつける狙いもあり、会社都合の転勤で全国を転々とするのが会社員の宿命という常識が崩れつつある。

 「東京では1時間以上かかった通勤時間がなくなり、精神的にも落ちついた」。旅行大手のJTB(東京)の人財育成担当部長の河野修治さん(59)は満足そうに語る。以前は都内の自宅から通勤していたが、昨年8月に福岡市早良区に引っ越して在宅勤務をする。

 東京の社内研修施設で講師を務めていたが、コロナ禍でオンライン中心になった。出身地である福岡市の勤務も長く、高齢の親の様子が気になっていた。定年後の生活も考え、帰郷を決めた。週1回ほど中央区の事業所に通勤し、東京にはこれまでに数回出張した。

 JTBは2020年10月、「ふるさとワーク制度」を導入した。社員は生活の拠点としたい居住地を会社に伝え、そこでテレワークを中心に業務ができる。最寄りの事業所から片道1時間半(首都圏は2時間)以内で通えればいい。コロナ禍を機に制度の議論が加速したといい、河野さんを含めて約40人が利用している。

 損保大手「AIG損害保険」(同)は19年4月から、社員が望まない転居を伴う転勤を原則廃止した。社員は全国11地域から勤務を希望する地域を決める。その上で、希望地域内で働く「ノンモバイル社員」か、希望地域を越えた転勤を受け入れる「モバイル社員」かを選ぶ。どちらも給与は変わらないが、希望地域外で働くモバイル社員には月15万円の手当を支給するなど処遇を手厚くしている。

 対象になる社員約4千人のうちノンモバイル社員は65%に上るという。人事担当執行役員の福冨一成さん(50)は「人事異動の難しさはあるが、優秀な社員が子育てや介護などで辞めることなくキャリアをつくっていける」と意義を語る。

 AIG損保は全く出社しない働き方も導入した。広報担当執行役員の林原麻里子さん(52)は20年7月、佐賀県唐津市に移住した。都内で在宅勤務をしていたが、唐津市の早稲田佐賀中学で寮生活の息子がいたため、「子どもと離れて一人で自宅に居るのがばかばかしい」と考えた。会社と交渉し、認められたという。

 都内の本社とは距離があるが、オンラインを駆使して仕事に支障はない。すぐ顔見知りになる近所付き合いも心地よい。「家族と一緒に過ごせる時間はとてもありがたく、プライスレス」。林原さんに続き、約50人が同じ働き方を選んだ。

 コロナ禍を機に社員が働く場所を選べるようにする大手企業が相次ぐ。メルカリは昨年9月、国内で勤務地や働く場所を自由に選択できる仕組みを始めた。ヤフーは今年4月から、社員が国内のどこでも住める制度を導入。NTTはリモートワークを基本にし、社員が望まない転勤や単身赴任をなくしていく方針だ。

 若い世代は、企業の転勤をどう捉えているのか。就職情報サービス「学情」が22年3月卒の大学生や大学院生を対象にした調査では、7割が転勤のない企業への就職を希望した。転勤制度を改革した企業への人気は高まり、例えばAIG損保では新卒採用の応募が約10倍に増えたという。

 法政大の武石恵美子教授(人的資源管理論)は「コロナ禍で働き方の可能性が広がり、転勤制度がこのままでいいのか、多くの企業が考え始めている」と指摘。「これまでの転勤制度は会社の命令に基づいて行われ、社員の納得感がなさすぎた。転勤の意味を考え直し、社員の希望や将来の見通しを反映させた制度に改めることが求められる」と話す。

 (金沢皓介)

西日本新聞 2022/4/7 5:17 (2022/4/7 5:17 更新)
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