米スタンフォード大学の微生物学者であるピーター・ジャクソン教授のところには、新型コロナウイルス感染症から回復した後、
別の問題に悩み始めた人たちから毎日のようにメールが寄せられている。

つい先日来たメールでは、2人の子どもを持つ30代の母親が、今では日々、糖尿病の薬を何種類も服用していると訴えていた。
新型コロナウイルスに感染する前には、糖尿病のリスクはなかったにもかかわらずだ。

パンデミック(世界的大流行)の当初から、糖尿病(インスリンの分泌や作用が十分でないために、
血糖値の上昇を適切に抑えられなくなる病気)は新型コロナが重症化するリスク要因であることが知られていた。

しかし、その逆もまたありえるのではないかとの懸念も以前から存在した。

ジャクソン氏は5月18日付けの学術誌「Cell Metabolism」に、新型コロナウイルスがインスリンを産生する膵臓(すいぞう)の細胞に感染し、
さらには破壊する可能性があることを示す研究結果を発表した。つまり、新型コロナウイルスが糖尿病の原因になりえるということだ。

「これは現実に起きていることです」。氏のもとに殺到している新たに糖尿病と診断された人たちからの訴えについて、ジャクソン氏はそう述べている。
そうした例はまれであると主張する専門家もいるが、データによると、2020年には10万人もの人々が予期せず糖尿病と診断されていると、ジャクソン氏は言う。

ジャクソン氏はまた、このウイルスがひそかに膵臓を傷つけることにより、将来的に膵臓を含めた消化器系に深刻な問題を引き起こすおそれを懸念している。

「これはパンデミックの中のパンデミックになる可能性があります」。
イタリア、ミラノ大学内分泌学教授、米ハーバード大学医学部講師で、新型コロナ感染症と
糖尿病との関連性をいち早く研究してきたパオロ・フィオリーナ氏はそう述べている。

新型コロナ感染症が長期的に膵臓にとってどれほど深刻な脅威となるのか、また、糖尿病を発症した人たちがほんとうにこの病気と一生付き合うことになるのかについては、
まだ詳しい調査が進められている最中だ。これらの疑問の答えを出すには、何年もかけて大規模な研究を行わなければならないかもしれないが、その取り組みはすでに始まっている。


パンデミック初期に大量の感染者を出したイタリアでは、新型コロナ感染症で入院した人たちの血糖値が異常に高いことが明らかになった。
ミラノにある病院の内分泌科の責任者を務めていたフィオリーナ氏がこの現象に注目したのは、2020年4月のことだ。

当時、市内では日々2万人の新規感染者が発生し、葬儀が絶え間なく行われていた。

ある日、フィオリーナ氏は、亡くなった患者の多くが高血糖なのは奇妙だという病理医の発言を耳にした。この事実は、多くの患者で膵臓がきちんと機能していないことを示している。
そのとき「糖尿病の人たちの死亡リスクが高いことは確かだが、もしかしたらほかにも何かあるのかもしれない」と、フィオリーナ氏は言ったという。

フィオリーナ氏は詳しい調査を行うことを決めた。2021年5月、氏は糖尿病の既往歴のない患者551人のうち、
46%が新たに高血糖症を発症したという研究結果を学術誌「nature metabolism」に5月25日付けで発表した。

新型コロナ感染症は、これらの患者のホルモン分泌を完全に阻害していた。
感染前には正常だったにもかかわらず、インスリンの作用が低下したことで、彼らの血糖値は危険なほど高くなっていた。

同じころ、新型コロナ感染症で死亡した患者の検死解剖でも、ウイルスが膵臓に感染していたことが確認され、先に述べたように一連の論文が「Cell Metabolism」誌に発表された。
同チームに参加していたジャクソン氏は、新型コロナウイルスはインスリンを産生するベータ細胞に感染して殺すことを発見した。

ベータ細胞は容易には補充されず、失うと糖尿病にかかりやすくなると考えられている。

この時点では、ウイルスがどのように膵臓に到達して細胞を殺すのかについては明らかになっていなかった。
フィオリーナ氏によると、まだ発表されていない氏の最新の研究では、この疑問に答えることを目指しているという。

フィオリーナ氏のデータは、新型コロナウイルスが膵臓のリンパ節で検出されることを示しており、ウイルスが直接リンパ系や血流を介して到達している可能性を示唆している。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/101200497/